高野隆弁護士が目指すのは「取り調べ」自体ない世界
私がはてなブログで最近、高野弁護士を懲戒請求した人物についての実名を記載したところ、突如、表示できなくなった。
その人物が名誉毀損で高野弁護士を訴えたからである。ただしその裁判で最高裁は名誉毀損にあたらないと判決した。
気に入らない弁護士への懲戒請求を呼びかけて弁護士を攻撃する例が多い。少なくとも裁判に訴えた以上、自分の実名が公表されても良い自信があってのことだろうが、そうでない連中が多い。
高野弁護士は人権を大切にし、司法改革に努力している優れた弁護士である。
以下の高野弁護士の人質司法に対する提案は非常に優れた内容なのでコピペした。
〈黙秘権の今〉
逮捕された容疑者が警察や検察の取り調べを拒否する動きが相次いでいる。一部の弁護士が「黙秘権とは尋問を受けない権利だ」との立場から、取調室に入ること自体を拒否できると広めている。捜査機関は「取り調べを受けた上で黙秘するべきだ」と主張は対立。拷問を伴う尋問が行われた歴史の反省から生まれた黙秘権だが、取り調べ拒否が妥当かは意見が分かれる。「取り調べ拒否権を実現する会(RAIS)」代表の高野隆弁護士(69)に活動の意義や背景を聞いた。(米田怜央)
──なぜ取り調べを拒否するのか。
「取り調べ拒否権を実現する会」の代表を務める高野隆弁護士=6月、東京都千代田区で
江戸時代のお白州では自白しないと拷問される仕組みだった。戦後憲法で黙秘権が保障されてからも伝統的に自白に頼ってきている取調室でずっと圧力をかけられ続けて、黙秘できるわけがない。権利を無視している実務を変えたい。
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──現状の取り調べをどう考える。
公開され、尋問の方法にもルールがある裁判とは違う。密室で行われ、捜査側のストーリーに固められてしまうことが多い。事件と無関係の事実まで追及される。容疑を認めているからと言って、話していいわけではない。
──「逮捕、勾留中の容疑者は取り調べを受ける義務がある」という見解は、最高裁も認めている。
最高裁判所
判決は「義務があるとみても、ただちに意に反する供述を拒む自由を奪うことにならない」とした。「ただちに」という表現は、全てのケースで受忍義務を肯定したわけではない。たとえば肉体的な暴力を使った場合まで義務を課すことができるのか。
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──活動の効果はあるか。
これまでは黙秘する依頼人に頻繁に面会し、圧力に耐えるよう励ます必要があった。その時間で裁判を考える本来の弁護活動ができるようになった。加えて、取り調べで影響されていないオリジナルの記憶を弁護人に話してくれるようになった。弁解は捜査機関でなく、弁護人が聞けばいい。
──社会の受け止めはどう感じているか。
30年前、同じ趣旨の「ミランダの会」で活動していた時はカルト集団と同一視された。当時と比べて批判はない。裁判員裁判で刑事司法を身近に感じる国民が一定数増え、近年はいくつもの冤罪(えんざい)事件が大きく報道されている。自分ごととして容疑者、被告の権利を考える人が着実に増えていることは間違いない。
──活動の目標は。
弁護士バッジ(資料写真)
取り調べ自体がなくなること。そうなれば刑事裁判で自白の証拠価値は下がり、あるべき姿になる。さらに勾留しても取り調べができなくなるので、自白したら釈放するという「人質司法」の前提がなくなる。勾留率が下がり、人質司法が解消されていく。
──取り調べがなくなると、真相解明に悪影響がないかとの懸念がある。
警察官や検察官の言う「真相」には、彼らの中の到達点があると思う。しっくりくるストーリーがあり、供述と一致した時に納得する。容疑者の弁解はつぶす対象であって、主張に沿った証拠は探さない。それが真相を遠ざけることにもなりかねない。ただちにはストーリーにはならない客観的な形跡こそが大切で、しゃべらせることが必ずしも真相につながるわけではない。
黙秘権 定説では起源は17世紀のイギリスにさかのぼる。政治犯や異教徒とされると特別法廷で「真実を述べる宣誓」を命じられたが、一部は「自らを告発するよう強制されない」と拒否し、投獄された。反対が広がって宣誓は廃止され、黙秘権が定着した。1776年にはアメリカで、世界で初めて人権を成文化したバージニア権利章典に明記された。日本には第2次大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)を通じて確立された。憲法38条1項は「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と定めている。